書評|山野弘樹『独学の思考法——地頭を鍛える「考える技術」』(講談社現代新書、2022年)

2022/05/25(Wed.)の日記からの転記。

書評|山野弘樹『独学の思考法——地頭を鍛える「考える技術」』(講談社現代新書、2022年)

山野弘樹さんの『独学の思考法——地頭を鍛える「考える技術」』を読んだ。時々山野さんのTwitterを眺めるのだが、その意見には頷けないことが多い。とはいえ、Twitterと実際の人物は違うので、本を読んでみたという次第だ。(ちなみに言うと、僕も最近わかってきて反省していることでもあるのだが、実際の人物が考えていることと、その人が書いていることはまた違う場合がある。)しかし、率直にいえば大して興味深い本でもなかったし、周りの院生や大学生には薦めないと思う。ビジネスパーソンであり、かつ長めの本を読む時間を確保するのが難しい人とかには、薦めてもいいかもしれない。事実、この本の想定読者はそうした人々だろう。

ただよくなかったという評価だけを表明するだけなのも説得力がないので、いくつか記しておく。

第一に——ツイートした通り——図がよくない。本書には読みやすさを向上させるためにか、多くの図が載っているのだが、ほとんどは情報量がなく、図にしたって仕方がない類のものであり、一方で、ごく一部の図は逆に情報量が多く、本文の重要なところでお茶を濁すために使われている(例えば128頁)。図の中には、図にしたことによって(「→」の記号等で)余計な含意が込められてしまっているものもあった。

この本では、抽象的な話をなるべく具体例で補って、明確にしようとする努力が見られるのだが、「物語化」や「分節化」の具体例として説得力のない図解が出てくる(もちろんそれ以外の場面でも図は出てくるが)。そのため、抽象的なレベルでの主張にはうなづけるのだが、その具体例がいまいちピンとこない——このようなケースが多かった。

第二に、具体例ないし例えがよくない。第一の点の後半で述べたこととも関連するが、具体例で出される「ビジネス」や「アート」の事例が、具体例でありながらも相当に曖昧なので、さほど効果的でない。もしかすると想定読者層であるビジネスパーソンにはよく理解できる話なのかもしれないが。とはいえ、具体例以外にも、例えがそれほど巧みではないというのも欠点として挙げうると思う。わかりにくい事柄を比喩によって巧みに伝えるということは確かに重要であると同意するが、とはいえ、「考えること」は「走ること」の比喩によって説明するほどの事柄なのかは、正直疑問である。これも、想定読者層であるビジネスパーソンにとっては助けとなるのかもしれないが。私が、本書をビジネスパーソンには薦めるが、学生には薦めないというのも、この第二の点に関わる。(でもビジネスパーソンってもっと賢くないのかな……そりゃもちろん賢い人もそうでない人もいるとは思うが。)

第三に、第二部について。第二部では、「ソクラテス式問答法」を叩き台にして、山野さんの重視する対話的思考を詳しく説明するという形になっているが、ソクラテスが過小評価されすぎではないかとも思った。ソクラテスの問答法が「産婆術」とも言われるように、他者に寄り添っていないとは言い切れないし、それこそ、山野さんのいう意味でのチャリタブルリーディングは、むしろソクラテスの常套手段でもあるように思う。もちろん、だから山野さんの対話的思考はダメだとかそういうことを言いたいのではない。(これは先の〈抽象的なレベルでの主張にはうなづけるのだが、その具体例がいまいちピンとこない〉ケースの一つだとも言える。)

前半部や、冒頭における思考することについての山野さんの見解などは、独学本としては目新しい印象はないし、哲学研究者が書いているからこそ深みが出た、とも言い難いと思う。つまり、私が独学本は哲学研究者が書くべきだと考えている、ということではなくて、山野さんは本書の内容と自身の哲学研究キャリアとの関連を強調しているけれども、実の所その関連がどれだけあるのかについて、私は懐疑的である——こういうことだ。むしろ、本書の独学本としての独自の点は、第一部の最後の相手に伝える能力(具体例で言い換えること等)の重視、そして、第二部の全体——他者との寄り添い・チャリタブルリーディング・メタファーないしアナロジーの重視——にある。しかし残念ながら、これまで書いてきたように、皮肉にも、それが山野さん自身の記述の中であまり成功していないように見受けられる。

 

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