はじめに
先日、初めての学会発表をしたが、これは同時に、初めて公の場で自分が作ったスライドを披露する機会でもあった。これより以前にスライドを作ったのは、おそらく学部2回生の頃が最後で、そのときでさえ無手勝流のスライドだったので、学会発表を機にスライドの作り方を初歩から学び直した、という次第。
本ノートでは、私がスライドのデザイン面で勉強したことや気をつけたことを記しておく*1。私の備忘録でもあるが、他の方が参考にすることも当然できる。
哲学分野やその他のいくつかの人文科学系の分野ではテキストが多く、かつ図や表が少ないため、学会発表の際にもスライドを使わない——その代わりにレジュメを使う——場合がある。たしかに、レジュメによる発表にも多くの利点があるが、〈スライドを使うという選択肢がないから、あるいは見やすいスライドを作ることができないから、レジュメ形式を採る〉というのは不健全だと思う。レジュメにも欠点はあるのだし。
それに、スライドの代わりにレジュメを使う〈テキストが占める割合が多いから〉という理由は、次のことも示唆している。すなわち、スライドデザインで気を使うことが(画像や表や図形をあまり使わないため)少なく、それゆえ少しの工夫でスライドを改善できる、ということを。
まずは私が実際に使った参考書等を挙げて、次いで私のスライドを例に挙げながら、工夫をいくつか紹介する。
参考書等
とりあえずこれを挙げておけば間違いない。資料デザインの本としてはアルファにしてオメガだ。
本|『伝わるデザインの基本 増補改訂3版 よい資料を作るためのレイアウトのルール』
この本は実のところ、スライドに限らず、Wordなどの文書やポスター、リーフレットやチラシを作るときにも使える。資料デザイン一般を扱った本というわけだ。
巷の資料デザイン本、スライド解説本には、「ここしろああしろ」とうるさくて独断的なものも多いが、この本は穏当で説得力があり、一線を画している。情報がしっかり詰まっているし、巻末には資料デザイン例も載っていて親切だ(ダメな例とその改善例が紹介され、しかも改善例は複数載せられている)。
同著者らが制作したサイトもある(本と重複する内容も多い)。なんならこれを見るだけでもスライドは見違えてよくなる。
Webサイト|「伝わるデザイン|研究発表のユニバーサルデザイン」
私はこれも参照した。スライドづくりはもちろん、プレゼン中のしゃべり方を含め、プレゼンとは何たるかを包括的に説明する本。
本|『できる研究者のプレゼン術 スライドづくり、話の組み立て、話術』
同じ講談社から出ている『できる研究者』シリーズ(?)には定評があるが、この本は『できる研究者の論文生産術』ほどではなかった。具体的なtipsも多いのだが、その反面でちょっと散漫かもしれない。気になる章をパラパラ見る程度でもよい。
ちなみに、この本は先の『伝わるデザインの基本』の高橋さんと片山さんが翻訳・監修を務めている。
実際に人がやっているのを見たほうが、スライドのつくり方がイメージしやすい場合もある。私は次の動画も参照した。
動画|PowerPointスライド作成実演ライブ ①必修編
具体的には、箇条書きの印などを参考にした(印の種類・大きさ・色を変えたりする工夫を真似た)。何を配慮して、どのようなデザインにするかがわかるやすい。「①必修編」の後半や、この続編である「②スキルアップ編」は作画に重きが置かれている。哲学分野の方にとっては「②スキルアップ編」はあまり必要ないかもしれない。
図書館や書店で適当に手に取ってざっと確認したものもあるが、ちゃんと参照したのはこの程度。以上でも十二分だと思う。
あとは知っている研究者のスライドを眺めてみたりもした。残念ながら、これは真似できるぞ!というスライドにはあまりお目にかかれなかったのだが、素敵な(素敵すぎて真似できない)スライドも少しあったし、一方で、その何倍もの数の残念なスライドがあった。
スライドづくりにおいて、こうすべしという唯一の解はないとしても、見にくくダメな例は割合はっきりしている。こうしたスライドを見つけたら、どうすれば改善できるかを考えて、自分のスライドづくりに生かせると有意義だ。
もう少し精神的な面でも、これらの残念なスライドは役に立つ。私は真面目すぎるがゆえに、スライドのつくり方などを指南する教科書を読むと辛くなりがち(完璧を目指すが完璧は難しいから!)なのだが、このときにダメスライドを見ると、心を落ち着かせることができる*2。
私のスライドのつくり方
さて以下では、私自身がスライドをつくる際に気をつけたことを、実際につくったスライドを示しながらいくつか紹介する。一般化できない点も、もちろんある。
スライド全体
フォント
基本ヒラギノ角ゴ。線の両端が漢印みたいになっていて好き。
メイリオは懐が広い分間抜けな感じに見えなくもないので使わなかった。
サイズは(あくまで目安だが)箇条書きの最初の階層は28pt。次いで24pt、20pt。
色
- 文字色|グレー #373430
- 背景色|白 #FFFFFF
- メイン| 水色 #497FB8
- 強調|橙 #D85846
文字色は黒ではなくグレーにして目に優しくした。黒白バキバキで作るのもかっこいいが、私は目がチカチカして辛くなってくる。
色はたしかNotionからとってきた気がする。
タイトル
- 改行位置
1行でびゃっと書いてしまうのもありだが、文字を大きくすることと、「2つの意味」と「3つの存在論的区別」の要素を目立たせることを考慮して、3行にした。
コンテンツでも改行位置を工夫すれば読みやすくなることがある。タイトルほど神経質になる必要はないが、簡単に調整できる箇所であれば、惜しみなくやるべき。
(哲学系の人たちのスライドだとコンテンツの改行位置に気をつけているものはほとんどないような気がする。) - ジャンプ率を大きくする
ジャンプ率——文字の大きさの落差——を高くすることで、タイトルに目がいくようにした。学会や開催日、氏名・所属は、相対的に小さいサイズに。
なるべく目立つタイトルスライドにして、そのままSNSでの宣伝にも使用した。
真正性の発表終えました。ありがとうございました🍦
— 迅亮 (@eudaimon_richo) 2022年7月23日
フォームでも質問・コメント受け付けておりますので是非どうぞ。#哲学若手2022 https://t.co/y8VwJGiULN
チャプター・セクション見出し
スライドを統一的な見た目にしたかったので、青の四角形を余白を少し残して配置するデザインにした(この後紹介するコンテンツスライドもそう)。左上に青の四角をピッタリつけてしまうのもありだが、それだと全体が散漫になるのでやめた。余白を入れると画面が引き締まる。
- フォントサイズの大きい文字は注意
チャプター見出しにあるようなサイズが大きな文字はフォントの粗が出やすいので注意。今回の私のスライドは数字や英語もヒラギノ角ゴでやってしまったが、チャプター見出しとセクション見出しのボックス内の数字だけは別のフォントを使った。確かHelvetica Neue。 - 現在の箇所を目立たせる
セクション見出しでは、現在の節を目立たせる工夫をした。太字にする、色をつけるなど、色々やり方はあるが、私は半透明のボックスを読まない箇所に被せる形にした。引き算で強調する方法ですね。
この工夫は目次スライドを提示するとき、あるいは文字数の多いスライドを提示するときにも使える。目次をそのままチャプター見出し/セクション見出しに流用することもできる。
今思えば、このセクション見出しがあるならチャプター見出しは要らなかったかもしれない。冗長。
各コンテンツに、セクション見出しを小さくしたようなもの——現在のスライドが全体のどこに位置するかを示したヘッダーなど——を挿入しているスライドも見かける。が、全体のどこかにいるかは、逐一セクション見出しのスライドを提示することでも意識できるし、コンテンツをシンプルかつなるべく大きく表示したかったので、各コンテンツにセクション見出しに相当するものは入れなかった(次の「コンテンツ」を見よ)。
コンテンツ
コンテンツは最も頻繁に使うスライドなので、ここは気合を入れた方がいい。逆にタイトルとかチャプターは最悪適当でいい(最初の方に表示されるスライドなのであまりにも適当だと聴衆の注意を引きにくいだろうが)。
私は、「コンテンツ(大)」と「コンテンツ(小)」の二つを基本使うこととして、その中に適宜引用コンテンツを組み込むようにした。画像には「コンテンツ(引用)」とあるが、そのスライドの引用テキストボックスは「コンテンツ(大・小)」にも挿入されることがある。
- コンテンツには階層を設ける|コンテンツ間
コンテンツの階層には少なくとも二つある。一つはコンテンツ間の階層(大コンテンツか小コンテンツかの階層)で、もう一つはコンテンツ内の階層(箇条書きの階層)だ。スライドの単位はあくまで一枚ずつになるので、内容が重要なスライドと比較的そうでないスライドに分かれるが、この違いを視覚的に表しておいた方が見やすい。
私は、重要なコンテンツ(大コンテンツ)は見出しを「青地に白抜き」にし、重要度が下がるコンテンツ(小コンテンツ)は見出しを「青の下線」にした。事例や参考のスライドは小コンテンツとして示せば、聴衆も力の抜きどころがわかる。 - コンテンツには階層を設ける|コンテンツ内
箇条書きはインデントされていればまあ見れなくはないが、デフォルトの箇条書きだと印が小さくてやや見づらい。設定で大きくするとよし(統一感を出すために私は色もつけた)。
そして下の階層へ行くにつれて、印のサイズや種類を変えるとさらに効果的だと思う。これで区別しやすくなる。私はそれに加えて色も変更して、薄めにしておいた。
こうすることで、スライドの中にいわば奥行きが生まれて、まずどこを見ればよいのかが一目瞭然になったのではないか。 - 文字の強調
文字の強調の仕方はいくつかあるが、2種類(「めちゃ強調」と「まあ強調」)くらいあれば十分だろう。3種類だと多くて、重要度の順がわかりにくくなる。
私は、キーワードの強調(往々にしてめちゃ強調)は「色太字」、文章の強調(往々にしてまあ強調)は「黒太字+色下線」にした。めちゃ強調が「色」のみだと色によっては黒の文字より小さく見えてしまうので、「色太字」にした。まあ強調は、めちゃ強調ほどではないが、ちゃんと目に入ってくるバランスを探ったら「黒太字+色下線」になった。 - キーワードの説明は括る(さらなる強調)
聴衆が後から何度か見返しそうなキーワード・立場の説明は、ボックスの色をグレーとかにして括っておくとわかりやすい。スライドをザーッと見渡したときに、そこで止まることができる。
この工夫はNotionのCalloutでやっていたことをスライドで再現したもの。ちなみにこのグレーの色もNotionのCalloutからとってきた。関係ないが、NotionでCalloutすると絵文字つけなきゃいけないのどうにかしてほしい(絵文字をつけられるようにすると、不必要でときにミスリーディングな絵文字が増えるから)。 - さようなら「:」、こんにちは「|」
「:」は便利で、「例:〜〜」とか「〇〇主義:〜〜」のように多用され、実際私も使っていたのだが、コロンの代わりに「|」(バーティカルバー)を使うと見やすいことがわかった。私のスライドでも「:」を一掃して「|」に置き換えている。
「:」より「|」の方が、細いので一瞥で他の記号や文字と区別しやすく、これによって、「|」を用いた項目説明的な要素と他のちゃんとした文章の要素とが見分けやすくなる。スライドの見出しを、「引用|〜〜」や「参考|〜〜」のようにするのも効果的。
勉強会の告知やポスター発表などでも「:」をやめて「|」にすると、見やすく洗練された印象になる。もっと早く知っておけばよかった。本日もありがとうございました。次回開催情報は以下。
— 迅亮 (@eudaimon_richo) 2022年7月31日
来週からいよいよ最終章の第四章に入っていきます🏔
第13回 #じじ読 開催情報
日時|8月7日(日)20:00–21:30
範囲|「第四章第1節 他我問題の反転」から - 引用|ボックスに入れる、余白も調整する
テキストが多い系の分野でスライドをつくる場合、テキストを可能な限り圧縮することは大前提だが、とはいえ直接引用をする場合にはテキストが長大になりがちである。だからこそ見やすさにこだわりたい。
結論から言えば「ここは引用ですよ」ということが一目瞭然であるべき、ということ。引用は、コンテンツの内容を書くボックスとは別のボックスに入れる(余白の設定もしなきゃいけないので)。もちろん枠線なしだとボックスに入れる意味が薄れたので私は枠線もつけた。ボックスの色を変えてもいいのだが、キーワードの強調と混同されないように注意すべき。枠線も太すぎると必要以上に目立つので注意。
そして——これは引用に限らずテキストボックス全般に言える注意だが——テキストボックスの余白は十分にとること。 - 引用|引用は強調とセットで
わざわざ直接引用するのは、原文に間接引用では済ましがたい、すなわち自分の言葉では説明しがたい要素が含まれているからだろうと思う。しかし、原文をそのままベターっと貼りつけても、その原文がよっぽど明晰でない限りは、聴衆がその場で読んで即座に勘所を理解することは難しい。
そのため、私は直接引用をする場合は強調とセットにするように意識した。つまり、長い引用の中で、注目してほしい部分を強調するということ。私のスライドでは、ここぞという部分を色太字で強調した。
本当のことを言うと、引用の強調もシステマティックに(先の「文字の強調」の項目にあるように)「黒太字+色下線」で強調したかった。引用元の文章の強調の傍点はPowerpointではつけられない(つけるのに手間がかかる)ので、黒下線で代替したのだが、これは「黒太字+色下線」の強調と「下線」において重複するので、やむをえず「色太字」による強調をした、という次第。そんなに悪くはないと思うがどうだろうか。
おわりに
スライドの工夫はだいたい以上の通り。
私の身の回りには素敵で凝ったスライドをつくる方がチラホラといらっしゃる。スライドにアクセスしやすい方で言えば、銭清弘さんや難波優輝さんなどがそうだ。
お二方のスライドが魅力的であることは事実として、そうはいえ素敵すぎるからか真似できないという意味では、私がこれらから学べたことは少なかった。
以上で示した参考書を見たり、私のつくり方を手本としたりすることは、銭さんや難波さんのスライドより魅力が劣るようなことがあるとしても、真似しやすい簡単なやり方ではないかと思う。
私のスライドづくりの技術は依然として発展途上であるが、このやり方を適宜参考にすることで、私を含めた研究者が、スライドを洗練させて発表内容を的確に伝えられるようになれば嬉しい(そして私自身も整ったスライドを見かける機会が増えたら嬉しい!)。
今のこの言い方は不遜かもしれないが、学会などで見られる整っていないスライドの多さと、私がスライドづくりの勉強に費やした手間を考えれば、このような記事があったほうがいいだろうと思ったまでである。
*1:ちなみに、「デザイン」と言うと、「センスが必要なの?(私にはセンスないからどうせ無理だよ〜)」という反応があるかもしれないが、そんなことはない。
*2:文章の書き方であれなんであれ、この手の指南をする本は——当然だが——人をある特定のルールに縛りつけるものがほとんどである。もちろんこの縛りつけにこそ、それらの本の価値があるのだが、これが過剰になると辛くなるし、かえって悪影響な場合もある。特に生真面目な人間は注意が必要だ。
話を戻すと、ダメなスライドを眺めることで、拘束を解除して少し不真面目な状態に向かうことができる、ということ。真面目すぎる人間は少し不真面目な方に曲げてやらないとまっすぐにならない。